神と磐座(いわくら)と神社

平成26年12月26日

 『神社の起源として、わが古典によれば、「天つ神籬(ひもろぎ)・天つ磐境(いはさか)」とされる。この広義の「天つひもろぎ」を形成させる物資は、多種多称でありうる。しかし、この熊野大社に限らず、出雲系ないし国つ神系の由緒ある神社の原像としては、自然石に基く磐座(いはくら)であることが、はなはだ多い。
これは、中央大学名誉教授の中西旭先生の論文からの引用です。

 確かに、熊野大社の近くの「天狗山」や、須我神社の後山にあたる「八雲山」の頂上近くには、やはり磐座があります。そして、出雲大社の後山の「八雲山」から境内に突き出たところや、隣りの命主神社の背後も磐座となっています。これらは、地元の人たちにとって御本殿と同じくらいの尊さをもって崇められています。

 中西旭先生は、熊野の天狗山の磐座を例に採り、次のような指摘をされています。『天狗山の磐座直下の斎場(さいじょう)は、八世紀以前から、「いわゆる熊野の大神」の神託(しんたく)ないし神意を直接に受けまつる所であったと、想定される。それは政治ないし生活の指針として絶対的価値をもつべく、よって、遠く峻わしい山道をいとわず、馳せ参じたのであろう。』

 そして、天狗山には磐座と神主と神託を受けるための清めをした巫女(みこ)がいて、磐座の盤台で神託が下るのを待っていたというのです。磐座のあるところとは、そういう場所だったのです。

 では、どのような神託を、その巫女は口上するのでしょうか。先生は二つに分けられます。「神本位」か「人本位」かの二つです。

 神が垂示(下した)した神言をそのまま奏上する通常の場合が「神本位」であり、現実に判断しがたい社会生活の重大問題について、神託が欲しいと神に請願(せいがん)し、何らかの神の回答をお願いする「人本位」の場合があるとされるのです。

 確かに、現代でも大した問題を抱えていない場合でも、神のお言葉ならありがたく頂いておきましょうという場合と、どうしたらいいのでしょう何とかして下さいと必死でお願いする場合がありますね。

 先にも指摘したように、出雲の神社の背後には大きな岩、岩盤があるところがたくさんあります。このことと、その磐座に神が依りつくということと、神が直接人の言葉を発するのではなく、巫女が神の言葉を聞き、人の言葉にして神託(神のお告げ)として人々に伝えていたという事から、神社建築の起源を、次のように考えることができるという説があります。

 神は常にそこの磐座に留まっているのではなく、必要な時に降臨する。

 巫女は、磐座の前に座るとすぐに神託を聞くことができるのではなく、時間をかけて聞くことがある。とすると、その間、雨・風をしのぐ必要や、何らかの所作(鈴を鳴らす)を行う必要があった。そこで、巫女が座るところに床を置き、屋根をつけたりした。それが、神社建築の起源ではないかとされるのです。

 神社という建物そのものに、神がましますわけではないのです。その証拠として、大和の大三輪神社
のように本殿はなく、磐座と拝殿しかない神社があるのだとされています。

 中西先生は、熊野大社が平地にあり、磐座はかなり離れた天狗山にあることから、・・・『このように、熊野大社の祭祀は、山の上近くの磐座から下へ、次第に麓(ふもと)、さらに、川を隔てて開けた平野の入口の荘麗な社殿へと推移していった。それは、それぞれの時代の要請として肯定されうる。この傾向は、他にも、由緒ある神社に多く見いだされる。よって、「奥宮」から「里宮」へ、本社が替っていったとしても、その祭神の垂示のままに、その霊代が清浄かつ厳密に安置されてあれば、その権威は変わらないであろう。』・・・とされています。

 さて、これらのことは、皆様と登った仏経山の磐座にも当てはまるのではないでしょうか。皆で考えてみましょう。




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